史料 長埜盛著 日立の教育
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本書はすでに志田諄一が日立市郷土博物館の広報紙『市民と博物館』第77号〜第100号に連載した「戦前の日立を考える」の第1回〜第19回において、部分的に紹介していたもので、今回、全文を翻刻した。
著者長埜盛は、1914年(大正3)茨城県多賀郡日立村に生まれる。茨城キリスト教大学教員。専攻は英米文学。1971年、茨城キリスト教大学学長。同年死去。著書に『英詩形学概説』(吾妻書房 1958年)などがある。
1935年(昭和10)8月にこの「日立の教育」を著した長埜盛は、当時、東京高等師範の学生であった。
本書の構成について、著書による目次を以下に示す。
序 | ||
一、緒論 日立町 | ||
第一章 概説 | ||
第二章 町民生活の重要経済資源 | ||
第一節 町民生活 | ||
第二節 日立鉱山 | ||
第三節 日立工場 | ||
第四節 其の他の工場会社 | ||
第五節 農業及び其の他の生業 | ||
二、日立の教育 | ||
第一章 日立の教育の史的考察 | ||
第一節 時代区分 | ||
第二節 明治維新前の教育 | ||
第三節 明治の教育 | ||
第四節 大正の教育 | ||
第二章 現代日立の教育 | ||
第一節 概観 | ||
第二節 学校教育 | ||
(一)小学校教育
一、体育 二、職業教育 三、映画教育 |
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(二)実業補修、中等教育 其の他 | ||
第三節 社会教育 | ||
第三章 現代日立の教育に対する私見 |
批判的私見
著者長埜は「序」において次のように述べる。
此の町に生を受けた私が、生粋の日立人たる特典を最大限度に迄利用し、研究家を訪れ、古老に索め、参考書籍の資を藉りつゝ、特に、飽くまで実地踏査を主として得たる材料を、私見を以て綴つた貧弱なる紹介的リポートである。
つづけて
『現代日立の教育の教育に対する私見』の一章〈第三章〉は、右の研究の副産物として自ら得たる皮相な批判的私見である。
「批判的私見」とは。
職業教育について
長埜は、二、日立の教育>第二章>第二節>(一)>二、職業教育 において
職業指導教育は、本町小学校に於て行はれてゐる特殊教育活動中最も日立らしく、最も著しい特色を見せてゐるものであらう。
と指摘する。
酷暑の候、厳寒の節、他地方の小学児童は、平和な父母の膝下に休暇の愉楽を味ひつゝある時、職業戦線に雄々しく乗出して、或はか弱い腕にハンマーを振ひ、或は汗を拭きつゝ車を曳き、或は自転車に身を飛ばして、自己の将来の開拓に余念なき、可憐な実習児童を思ひやつては、転た涙ぐましきものがある。
と長埜は子どもたちの姿をみる。
そして第五校高等科2年生の事例として「職業体験学習の実況」を〈表15〉及び就職状況を〈表16〉によって示す。在籍児童132人中107人が実習を受けており、就職率は男子91%、女子95%にのぼる。これを長埜は
女子の就職率の、男子のそれに比して大なるに特に注意すべきである。こゝにも労働無産街としての日立町民の生活が反映されてゐる。
とみる。そして
この職業実習の成績は美事なもので、遅刻なく、早退なく、欠勤勿論なく、彼等児童の精神力、体力の健全さには舌を捲くものがある。
児童たちの努力を高く評価する。しかし。
長埜は「第三章 現代日立の教育に対する私見」において、次のように述べる。
父兄が労働者であり、百姓であらうとも、その子弟を同様に労働者に仕上げ、百姓に鍛へ上げなければならぬと言ふ宿命的制約覊絆はない筈だ。寧ろ教育は児童の生活態度の中に未だ琢かざる素玉を見出し、この可能性に磨きをかけて、世に送る愉悦を、味はふ可き特権の行使でなければならぬ。……
町民の間に瀰漫せる此の忌まはしき階級的偏見……児童に階級的偏見を植ゑつけざることに配慮することを懇望する
日立町の小学校において熱心に行われている職業教育は、子どものもつ無限の可能性を否定しているものである、と。若き師範学校生は、14歳にしてその将来をきめてしまう社会と日立の教育にいらだっている。
参考 小学校の名称
本書が執筆された1935年当時の小学校の名称は、その設立順に番号がふられており、そのままでは所在地はわかりにくいでの、戦後の学校所在地の名称を冠した学校名を参考までに示すと次のようになる。
- 日立第一尋常高等小学校—宮田小学校
- 日立第二尋常高等小学校—本山小学校(1978年3月閉校)
- 日立第三尋常高等小学校—大雄院小学校(1979年3月閉校)
- 日立第四尋常高等小学校—1947年3月廃校(その跡地に新制の駒王中学校が発足)
- 日立第五尋常小学校—仲町小学校
参考文献
- 志田諄一「明治・大正・昭和初期における日立の教育」 茨城キリスト教学園高校史学研究会『常陸史学』創刊号(1959年)
- 志田諄一「戦前の日立を考える 第1回〜第19回」日立市郷土博物館『市民と博物館』第77〜100号(2005〜2010年)