史料 向洋炭鉱の閉山

向洋炭鉱は茨城県高萩市大字島名に所在し、1968年(昭和43)4月30日に閉山した。

1938年に上田長一が宮城県の斎藤(株)が所有する松原炭鉱を手にし、40年に山一炭鉱と改称し、43年なってようやく着炭し出炭をはじめるが、45年に古河鉱業との共同経営に入る。52年に坑内出水により閉山状態に陥り、同年4月に山口県宇部市に本社をもつ宇部興産(株)が買収し、向洋炭鉱として再出発する。宇部興産にとって常磐地区への初進出である。だが再び出水に見舞われ、赤字が累積し、59年宇部興産(株)百%出資の別会社である向洋炭鉱(株)を設立して事業を継続した。1944年26,709トン、61年113,133トン、66年182,339トンと出炭量を増やし、常磐茨城地区のなかでは常磐(中郷・神の山)・大日本磯原・高萩につぐ中規模の炭鉱であった。

石炭鉱業合理化臨時措置法(1955年9月施行、62年4月改正)による整理促進交付金をうけて廃業した(鉱業権消滅は1968年7月19日)

参考文献

目次


史料について・テキスト化にあたって

史料1 向洋炭鉱閉山申入書 1968年3月

昭和43年3月1日

向洋炭鉱労働組合
組合長 井出 一 殿

向洋炭鉱株式公社     
代表取締役 阿野 顕三 

閉 山 申 入 書

向洋炭鉱株式会社は昭和34年3月創立以来貴組合の協力と宇部興産株式会社の援助に支えられ非常に苦しい経営を続けて参りましたが、将来経営好転の望みがなく、これ以上経営を持続することは会社としても且又従業員にとつても不幸な事態を招来する事必然であります。

就而、誠に残念乍ら昭和43年度の出来るだけ早い機会に石炭鉱業合理化事業団に対し石炭鉱山整理促進交付金の交付を申請し閉山する事に決定致しましたので事情御賢察の上御諒承下さる様茲に申入れいたします。

尚、閉山の日程については追つて御通知致しますとともに、退職に伴う諸条件については団体交渉を開催し協議致す所存であります。

以 上

史料2 向洋炭鉱閉山理由書 1968年3月

I 沿革及概況

向洋鉱業所は昭和27年1月政府並びに復興金融金庫の慫慂により、当時赤字経営に苦しんでいた山一炭鉱を買収し宇部興産株式会社向洋鉱業所として開設したものである。
その後向洋坑の規模を拡大して経営基盤の安定をはかるべく努力中のところ昭和27年12月坑内出水により水没したためこれを放棄する事態となり、止むを得ず以前に水没中の島名坑(旧大東坑)を取明け開発することに方針を変更した。その間大木坑等で小規模出炭を続けると共に島名坑開発に多額の資金を投入して昭和30年より出炭を開始したが、地質,炭層状況が安定せず、不安定な出炭と累積する欠損により昭和33年度末に一旦は事業閉鎖せざるを得なくなつた。
然るに向洋鉱業所の存廃は地域社会の経済等に及ぼす影響が大きく、この為高萩市当局並びに市議会等の切なる要望と従業員やその家族、或は周辺地域社会の事情に抑されて昭和34年3月宇部興産株式会社の系列会社として向洋炭鉱株式会社を設立し、再度山の再建に努力することとなつた。
向洋炭鉱再開後は有望な北部鉱区に着目し、昭和35年度より第一斜坑下部第二水平坑道による北部進出をはかつたが、払採掘の影響、地質条件等により坑道の保持が困難となり、昭和38年放棄することとなつた。その後第二斜坑の開発によつて出炭をつなぎ将来の開発区域を北部鉱区に求めて昭和40年再び中継斜坑よリ左に分岐して開発斜坑の掘進に着手したが労勤事情は急速に悪化の傾向をたどり、人員不足の為に掘進は遅々として進まず計画に大きな齟齬を来すこととなつた。

Ⅱ 地質状況

(1)地 質

稼行区域は常磐炭田の南部に位置し基盤は地表より略々 −350m迄は花こう岩でその深部は角閃片岩となつている。これら基盤の上に不整合に第三紀層が覆い、下部第三紀層は白水統と称して夾炭層、石城砂岩層、浅貝砂岩層より成り上部第三紀層は多賀統と称し沙岩、砂質頁岩等より成り、白水統を不整合に覆つている。走向は略々南北で傾斜は東10°〜15°で深度を増している。

(2)炭 層

第三紀白氷統の下部夾炭層は厚さ約250mで8枚の炭層を介在し、その内現在の稼行炭層は上本層である。

(3)地質状況の特性

(イ)花こう岩基盤地帯

主要炭層である上、本層は花こう岩基盤に近接し炭層と花こう岩[22文字判読できず]発達し、これが透水性を持ち、炭層下頁岩が薄いところは稼行条件を困難なものとしている。

(ロ)片岩基盤地帯

片岩基盤地帯は、炭層と基盤の近接は上記花こう岩地帯と同じであるが、蛙の目層はなく、透水による障害は少ないが基盤の起伏が多い。

Ⅲ 技術上の問題

島名坑は当初より透水性のある花こう岩基盤地帯の採掘を避け、深部片岩基盤地帯の開発に着手したものであるが、花こう岩基盤地帯に比べて片岩基盤地帯は炭層安全度が劣り又上本層と基盤片岩の距離が近接し下盤頁岩、基盤片岩、ともに軟かく上本層5番層間も軟弱な頁岩層となり、重圧、盤膨れを避けるため片盤坑道に至る迄5番層上の岩盤坑道の開さくが必要となり、坑道の維持掘進に多大の工数と資金を必要とする。加えて現稼行区域は坑内自然発火を起し易く又深度が深くなり作業場迄3回の人車乗換えを要し、実有効労働時間が短かく能率に影響するとともに坑内温度も上昇している。

Ⅳ 経済的事情

向洋炭鉱は昭和34年以降宇部興産より独立して島名坑の開発を進めて来たが、製品が低品位である上に、出炭の不安定、自然発火[25文字判読できず]して所期の実績が上らず多額の赤字を累積して来た。

昭和41年度に於ける平均能率は全国平均40.3T/人/月に対して26.6T/人/月であり、又平均カロリーは全国平均6,330calに対して4,550calと低く、経営は依然として困難を極め、昭和42年上期も出炭T当り2,150円の赤字という状況であり、膨大な累計欠損を計上しながらも、親会社宇部興産の力に支えられ、辛うじて今日に至つたものである。

石炭政策との関係

第三次石炭政策の根幹となつているものは、石炭業界の持つ異常債務1,000億円を国の財政資金で肩代りすることであつたが、向洋炭鉱の負債はその殆んどが金融機関からの直接の借入金でないために適用されず、又負債が大きく再建が困難であるという理由で、再建整備計画の認定が受けられず、向洋炭鉱の経営は更に苦境に陥ることとなつた。

結 論

以上向洋炭鉱が諸般の事情よりして閉山せざるを得ない理由を詳細に述べたが、これを要約すると次の通りである。

以 上

史料3 向洋炭鉱閉山労使協定書  1968年3月

協 定 書

向洋炭鉱株式会社と向洋炭鉱労働組合とは、向洋炭鉱の閉山に伴う諸取扱いに関して下記のとおり協定する。

1 閉山時期について

向洋炭鉱の閉山は、昭和43年4月末日で採炭を中止し、昭和43年6月中旬に撤収を完了、坑口閉鎖を行う。

2 閉山後の措置について

向洋炭鉱は閉山後、石炭鉱業合理化事業団へ廃山する。

3 閉山退職者の取扱いについて

別紙のとおりとする。

昭和43年3月13日     
向洋炭鉱株式会社        
取締役所長 □本 市衛    
向洋炭鉱労働組合        
組合長 井出 一       

[別紙]

   閉山退職者の取扱

Ⅰ 退職条件について

1 退職手当(税込)
鉱員退職手当規程第5条の2「事業の都合による退職者」を適用支給する。
但し各人別勤続年数の計算期間は入社の日より昭和43年4月末日迄とする。

2 特別加給金(税込)
 この協定による社宅居住期限内(下記Ⅱの1)に社宅を退去した場合には退去時に、次の区分により支給する。

3 閉山手当(税込)
 一律1萬5千円を支給する。
 支給時期はこの協定による社宅居住期限内(下記Ⅱの1)に社宅を退去した場合に退去時に支給する。

4 身体障害者見舞金
 向洋炭鉱に在職中、負傷疾病により、労災法8級以上に該当する身体障害者で、閉山により□□する者に対しては、次の区分により見舞金を支給する。
  8級より6級までの者  3萬円
  5級以上の者      5萬円

5 殉職者遺族見舞金
 向洋炭鉱に在職中、殉職した者の配偶者又は子弟であつて、閉山により離職する者に対しては遺族のうち、1名に限り見舞金として3萬円を支給する。

6 其の他
(1)転居旅費
 退職後6ヶ月(寮生は30日)以内に帰郷又は就職により社宅を退去する者には次の旅費、荷造運送費を支給する。尚、この取扱いについては、通勤者にも適用する。
①旅費
 本人および妻、扶養家族に対し2等運賃、及び1人1日につき食事料250円を支給する。
②荷物の荷造運送費
 実費(但し1萬円を限度とする)
(2)年次有給休暇残日数
 別途慰労する。

Ⅱ 福利厚生施設の利用について

1 社宅
(1)居住期限は昭和48年12月20日とする。
 但し、次の各項目に該当する場合で会社の承認を受けた者については更に3ヶ月を限度として延長する。
 ①職業訓練所に入所した者
 ②本人又は同居家族で絶対安静を要する重病人がいる場合
 ③転居のため、新居を建築中の場合
(2)前項但書により難い特殊事情のある者については別途考慮する。
(3)会社が社宅の集約を必要とする場合は、会社の指定した社宅へ移住する。この場合の社宅居住者についても、前(1)の定めによる。

2 電気料金

外灯、共同便所、井戸の電気料金は昭和43年9月末日迄従来通りとする。

3 燃料
(1)石炭
 昭和43年9月末日迄は従来通りとするが、配給の場所、方法については変更する事がある。
(2)薪
 古坑木等を回収し得る範囲で配給する。
 配給の場所、方法について変更することがある。

4 浴場
(1)昭和43年9月末日までは従来通りとするが、入浴時間等は必要に応じ変更する。
(2)その後については、昭和43年12月20日を以て□□し、この間の入浴料金は利用者より実費を徴収して運営する。

5 塵芥、糞尿処理
 昭和43年9月末日までは従来通りとする。

6 販売所、診療所
 坑口閉鎖時に閉鎖する。

7 保育所
 昭和43年3月末日に閉鎖する。

8 理髪所
 昭和43年9月末日までは従来通りとする。

Ⅲ 保安の確保について

保安の確保については、誠意をもつて善処する。

Ⅳ 就職あつせんについて

1 就職希望者については会社は誠意をもつて、あつせんに努力する。
 2 当分の間、就職促進のため若干名の専従就職あつせん員を置く。
 あつせん員に組合より2名を選出し、昭和43年5月1日以降の給与については会社負担とする。

Ⅴ 其の他

1 社宅分譲について
 希望者の数に応じ一定区画を定め土地付で分譲する

2 宅地分譲について
 誠意をもつて努力する。

Ⅵ 協定の適用

この協定は昭和43年5月1日以降、会社の指定した日に退職する者に適用する。

以 上

[改丁]

協定書附属諒解事項

昭和43年3月13日付協定書の期日に係る事項については、石炭鉱業合理化事業団が行う交付の事務取進めの時期により若干の遅延もありうるが、坑口閉鎖の時期は昭和43年6月28日を以つて最終とする。

昭和43年3月13日     
向洋炭鉱株式会社        
総務部長 野田 家和     
向洋炭鉱労働組合        
書記長 根本  昇      

史料4 向洋炭鉱従業員の神の山炭鉱宛書簡

前略

先般は御遠路の所、御足労下さって有難う御座いました。其の後、自分達も職場の中に於て、いろいろと尊地の啓蒙に努力致して居りますが、何しろまだ就業中のなかにあって、各人が其の実感になれきれずに迷って居るようです。

尚特に申し上げて置きたい事は、自分達はまだ失業者でなく、会社に就業中の者であり、個人的に坑内見学とかいろいろな面において当会社からにらまれる様な事を致して各人達に迷惑をかけても申訳なく思い、坑内見学等の事は後日改ためて話を進めたいと思いますのでよろしく。

尊地の方に行きたいと言って居る人もありますので、其の節はよろしく取り計い下さる様に 特に学校問題(本などの準備)社宅問題等が非常に気になって居るようですので、十分考慮下さる様に

だから四月一ぱい又は五月一ぱい位すぎると相当数の人が又炭鉱生活にもどるのではないかと察して居りますので、もう少し時間を要すると思います。

要するに手職の無い人は、又はある程度年齢の人はやはり今までの生活でなければ生活が出来得ないものと思いますので、もう少し待ってみて下さい。四月一日か二日に行くと言う話は前に書いた様に少し待って下さい。

先づは亂筆にて通知まで

                伊藤 潔

小倉富五郎様

二伸

忘れましたが、尊地の炭鉱の説明書のようなものがあったら送って下さい。

炭鉱のパンフレットの様なものが必要ですのでよろしく、例へば賃金問題、坑内條件、衛生環境問題等学校問題など是非共知りたいので、よろしく取り計い下さって送ってみてください。待って居ります。

亂筆に書いて申訳ありませんが悪からず